すてきな世界をみるブログ

「今こそ清く高く、爽やかに生きて下さい。」(三島由紀夫)

ネットの中のアイデンティティ【映画:攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL によせて】

押井守の「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」を再見した。

初めて観た時は、世界観の斬新さと格好良さに物凄く衝撃を受けたのだが、再見のためか今回はその衝撃がなく少々さびしかった。でも、ストーリーにただ翻弄された昔とは違い、また、インターネットが世の中の日常により入りこんでいる今になって、考えられたことがあった。

脳だけがオリジナルの素子は「自分が自分であるとはどういうことか」と葛藤している。私たちはサイボーグではないので素子と同じ葛藤はないが、広大なネットの海の中で「自分の考えと他人の考えの境界が曖昧になり、自分が発言してもそれが自分の意見なのか他人の意見なのかわからない」という、日立の「25のきざし」の中のひとつを思い出した。(第25番目のきざし「意識境界の曖昧化」)

 

www.hitachi.co.jp

リツイートやメモ代わりのつぶやきのシェア、外部記憶装置のようにインターネット上の発言や情報を引用して自論を構築するーどこまでが自分のオリジナルの考えだっけ?本当の自分の考えなんて、ネットを開いたときに抹消されているのでは?または、最初からそんなもの無かったのでは?

そして、人々の膨大な発言と感情の海から「総意」のようなものができ、それがまるで生命体のように動いて体現される。

自分の脳内がオリジナルだと思えなくなったら、素子とは逆に、体だけが自分自身を感じられるものになるのかもしれない。・・・陰謀論なら、そうなるように促されていると言うところだ。あながち否定できない気がする。

攻殻機動隊を観て日立の25のきざしを思い出したなんて、聞いたこともないし的外れかもしれないし恥ずかしい、それをブログに書くなんて馬鹿みたいとか思うけど、自分の「オリジナル」のためにこういうことをやっていきたいと思う。